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Go Go ヒツジ

 ひつじはひつじ。ぼくはそんなことを考えながら、草むらに鼻先を突っ込んで食べられそうな柔らかい草を探していた。美味しそうな匂いにありつくと、唇をめくってむしゃむしゃと食べる。この「むしゃむしゃ」というのがとても大切なんだ。羊が羊たるアイデンティティー、っていうくらいに、まあ、大げさに言ってそれほどじゃないけれど、僕にとってはとても大切なこと、という意味。
「...へー...プ」
 草を探るガサガサという音に、誰かの声が混ざった。あまりにかすかだったけれど、もちろん僕にはちゃんと聞こえた。繊細に生きてるんだ。僕は草を食むのを一時中断して、ピンと左右に張り出した耳をすませた。
「へ...ルプ...」
 よろよろと情けない声だ。実に弱々しい。これは急を要するのか、つまり、その、緊急ってやつだ!
 僕は土を蹴って草むらを飛び出すと、声をする方に向かって慎重に走った。声が近づいてくるにつれ歩調を弱めて、より正確な位置を確認する。なにせ辺りは草や木がぼうぼうとしげっていて、僕の姿の助けを求めている誰かの姿も見えないのだ。急に穴が開いていたり、木々の隙間に崖があったり、少し進むだけでも命がけなのだ。
「おおい、だれかいるのー?」
 僕は声をかけてみた。すると、ずいぶん近いところからあの弱々しい声が応えた。
「...へールプ...」
「よしわかった、すぐいくよ」
 声のした方に僕は向かって、草木の中に押し入った。
「へールプ...」
 声はかなり近い。間近だ。
 大きな枝をくぐって、僕は草の向こうに曲がりながら伸びる二本の角を見つけた。それから三角形に近い形の顔と、顎先の白いヒゲ。
「へールプ」
 山羊は僕の顔を見て、きょとんとした顔でそう言った。僕もきょとんとして、彼を見返す。彼はのんびりと草を食んでいたようで、誰かに襲われたり、何かの事故にあったような怪我もない。ごくごく普通の草を食んでいる山羊だ。
「へールプ」
「ねえ、どうしてヘルプなんて叫んでるの」
「へールプ(モグモグ)」
「怖いやつなんかいないよ。きみ、怪我なんかしてないじゃないか。一体どうしたっていうんだ?」
「へールプ(モグモグ...ゴックン)」
 山羊は眠そうな顔のままむしゃむしゃとのんびりと草を食み、また新たな草を食むために首をぐいっと下に下ろした。
 やれやれ、これじゃ話が通じないよ。結局、山羊は何をしたかったのだろう。
 それにしても、日本からイギリスに連れて来られたばっかりだけど、妙な奴ばっかりだよ。言葉も通じないし、草の味も違う。でもまあ、それほど不満はないな。遊び場は広いし、可愛い子もたくさんいる。しかし、あの「へールプ」君は一体どうしたんだろう? 気になるけれど、すぐに忘れてしまった。
 次に、山羊の大群に出会うまでは。
「めえ~、めぇ~」」「へえぇ~、へえぇ~」「めえ~ぇふ、めえ~ぇふ」山羊とひとことに言っても、泣き声は様々だ。耳を抑えたく鳴るくらいの鳴き声が、あちらこちらから上がる。
「へールプ...」
 またあの言葉だ! まったくなんなんだよ。
 振り返ると、さっきの山羊が群れに混じっていた。周囲のヤギたちの毛をぺろぺろと舐めながら鳴いた。
「へえぇ~、うぷ...」 

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