17歳のアルバイト帰り。夜10時半頃。
私は人間椅子の品川心中を歌いながら自転車を漕いでいました。
帰り道は片田舎の住宅街。
付いたり消えたりする古い街頭がぽつぽつと立っているだけで明かりはほとんどありません。
それに11月下旬の夜なんて大変冷え込みますから肩をすくめながら自転車を「いっちに、いっちに、」と少し危ないですが若干下を向きながら漕いでいました。
気がつくと手がかじかんでいたので自分の息で暖めて傷が付いた手を見て「うーん 鎌鼬」なんて呑気に言いながら そろそろ曲がるので前を見ると私の目の前に喪服を着て花束を持った中年男性が立っていたのです。
自転車の弱いランプに照らされた中年男性の顔はあまり見えませんがふた世代くらい前の四角い分厚い眼鏡をかけて七三分けをして
そして何よりも悲しそうな、かつ何かをしっかりとした強い目線で私のずっと遠くを見つめていました。

と、沢山思う事がありましたが気がついた時にはもう今に轢く寸前で声を出すまもなく急いでハンドルを動かしてギュルルルルと音を立てながら何とか、無理やり避けました。
そこから少し漕いだ所でようやく頭が追いつき魂が抜けたような、長い安堵の溜息をついて 道を曲がる前に少し、喪服の中年男性をみやりました。 なんだか気難しそうな人だったし、あの強い視線は少し怒っているようにも見えたのできっとこっちを見てなにか言ってくるかも もし怒られたらどうしよう こっちは自転車だし、謝って逃げてしまおうか なんて考えて ゆっくり、さりげなく振り返って見ると
喪服の中年は 私が轢きそうになった所から1歩も動かず ひたすらにじっとあの強い視線で何かを見ていました。

その日の夜に、ふと思いました。
そういえば どこのお家だったんだろう。家のすぐそばだったしもし誰かが亡くなれば何となくそういう話が耳に入るはずですし
まあ 道の真ん中で立ちすくんでいる時点で普通ではないんですが、
夜10時半頃にお葬式なんてあったんでしょうか。

そんな思い出。